Dreaming Moon-夢見る月-

すみれ色の世界を愛でながら、しばし夢に浸る…素敵な時間、届けます!!

【春の雪創作】華やかな迷宮②

パーティーの日から数日が経った。
授業が終わった繁邦は、友人たちと別れて図書館へ向かった。
家にいると何かと気が詰まる事が多い。両親は何かというとすぐに繁邦の将来の話に持っていく癖があるからだ。…つまりは弁護士になるように発破をかけてくる所があった。
繁邦は鞄の中からスケッチブックを取り出した。中にはいくつか風景画が描かれている。彼の昔からの趣味でもあった。
(本当は絵描きになりたい。美術大学へ進学できれば…)
けれど、美術大学への進学など両親に言えるはずもない。高名な弁護士を父に持った以上、自分の人生は半分決められたのと同じだ。成長すればするほど、それを思い知らされる。
スケッチブックのページを順番にめくっていく。ほとんどが風景画だが、1つだけ人物画があった。学校帰り、気分転換に波止場に行った時に見かけた女性のものだった。フランスから戻ってきた船のタラップを降りてきたその人はとても洗練された雰囲気で、知性と色気を兼ね備えているのが遠目でも分かった。
(きれいな人だ…)
彼女を目にしたのはほんの少しだったが、彼の心には強烈な印象を残した。そっと波止場を離れ、近くの公園で彼女を思い出しながら描いたのがこの人物画だった。
その絵を描きあげた時、繁邦の心はとても幸せな気持ちで満たされた。美しいものをもっと表現したい、自分は絵を描くことが好きなんだと改めて実感させられた出来事だった。
ふと時計を見ると、閉館時間がせまっていた。慌ててスケッチブックをしまい、彼は図書館をあとにした。

自宅近くでバスを降りた頃にはもう空が赤くなっていた。夕暮れ時の空気を楽しみながら坂道を上っていると、上から女学生が歩いてきた。…房子だった。はにかんだように微笑みながら、小さく手を振っている。
「繁にいさま…」
「やあ。学校帰りかい?」
「今日はお花のお稽古だったの。繁にいさまは?」
「僕は学校帰りで寄り道帰りだ。こうやって夕暮れ時に歩くのが好きでね。きみ、家はこの辺り?」
「ええ、バスで2つ行ったところ。海側なの。この下のバス停から、バスが出てるでしょう?」
パーティーの時はそわそわしてばかりであまり口を開かなかった房子が、今日は嬉しそうに話している。その姿が繁邦には眩しく感じられた。
「それなら近いね。せっかくだし、バス停まで一緒に行こう」
「でも…にいさまはお家に帰るところでしょう」
「そんなの気にしないで。…夜道は危険だからね。ほら」
「ありがとう、繁にいさま。嬉しい」
繁邦の優しい笑顔に、房子はだんだん気持ちがほぐれるのを感じていた。
そして繁邦もまた、心を開いていく彼女に安らぎを感じはじめていた。
(こんな嬉しそうに笑う子なのか…可愛いなぁ。まるで妹ができたみたいだ)
ふたりの心が少しずつ通いだしていく。その心がはっきり形になる日は、そう遠くないかもしれない…