Dreaming Moon-夢見る月-

すみれ色の世界を愛でながら、しばし夢に浸る…素敵な時間、届けます!!

【春の雪創作】華やかな迷宮③

「房子さん、ごきげんよう
ごきげんよう。また明日ね」
いつもの友人と正門前で別れ、房子はバス停への道を歩いていた。学校からバス停まで遠いのが少し辛いが、バスに乗れさえすればあとは楽だ。
ひとりで歩きながら、房子は繁邦とばったり出会った日の事を思い出していた。優しく自分を見つめてくれる眼差し、真面目で柔らかな雰囲気…気づくと彼女は繁邦のことばかり考えてしまっている。
(わたし、どうしたのかしら…。繁にいさまの事を思うと、胸が苦しい)
信号待ちをしながら考え込んでいると、うしろから声がした。
「房子ー! おーい」
驚いて振り向くと、制服姿の繁邦が立っていた。
「繁にいさま…こんにちは」
「やあ。まさかこんな所で会えるなんて…後ろ姿を見て、房子だと思ったんだ」
屈託なく笑う繁邦の姿がまぶしくて、房子はもじもじしてしまう。
「…そんなに気を遣わないで。僕を兄さんだと思って、甘えてくれたらいいんだよ。きみといると、まるで妹ができたようでうれしいんだ」
「ありがとう、繁にいさま。わたしも一緒よ。こんな素敵なお兄様がいたらいいなって…」
房子の表情が和らいでいく。繁邦は一層目を細めた。
「ありがとう。…笑った顔のほうがかわいいよ」
「繁にいさま…」
「自然な表情の方が明るく見える。やっぱり思ったとおりだ」
優しく微笑みかける彼の姿に、房子はますます惹かれていくものを感じていた。
(この気持ちは何…? どうしてこんなに切なくなるの)
いくら心に問いかけてみてもはっきりとした答えは出ない。
ただひとつ確実なのは、繁邦のことがずっと気になっている。ということだった。

それから数日たったある日、房子は買い物で街に出た。
書店で用事を済ませ、商店街を歩いているとブティックの店頭に飾られているラベンダー色のワンピースに目が止まった。
(素敵…わたしもこんなの着てみたいわ)
思わずウィンドウの前で立ち止まってワンピースを見ていると、肩を小さく叩かれた。
驚いて思わず振り向くと、そこには洗練されたひとりの女性が立っていた。房子の母の妹、るり子だった。
房子から見ると伯母にあたるが、一人っ子の彼女にとっては姉のような女性でもある。るり子もまた、姪である房子を非常にかわいがっていた。
「房子、久しぶりね」
「るりねえさま! お久しぶり。お元気でした?」
「ええ、元気よ。あなたにはまだ言ってなかったけど、来週頃この街に引っ越すの。アトリエも近いから便利だと思って」
「ほんと?! どの辺りなの?」
「なぎさ台よ。あなたの家の近くに空き家があるでしょう?白壁の洋館。あの家を改装して住むことにしたわ。まだキレイだしね」
「そうだったのね…嬉しいわ。ねえさまとお話したいこと、たくさんあるもの。おうちに遊びに行ってもいい?」
目を輝かせる房子を温かく見つめながら、るり子は優しく微笑んだ。
「もちろん、いつでもいらっしゃい。房子も元気そうでよかったわ」
柔らかく美しい、女神のような微笑みを見せるるり子。
しかし彼女の中に、かつて愛した人に苦い思いをさせられた復讐を企てるしたたかな心が存在することなど、まだ誰も知るよしもなかった…